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『かもめ食堂』

『かもめ食堂』

映画『かもめ食堂荻上直子監督(2006)について。

ストーリーフィンランドの首都ヘルシンキで食堂を経営するサチエ小林聡美)。目を瞑って世界地図を指差し、たまたま指の先が行ったフィンランドに来たミドリ片桐はいり)。身体が弱かった両親の介護を終えて旅行にでたマサコもたいまさこ)の3人が織り成す物語。フィンランドの人たち ─日本贔屓の青年、夫に去られ傷心の中年女性、コーヒー好きの謎の中年男、口さがないオババたち─ との交流など、淡々と「かもめ食堂」の日常が描かれます。

感想》なんと言っても小林聡美さんのたたずまいが美しい! そして、片桐はいりさんともたいまさこさんが実にチャーミングです。鑑賞中「素晴らしい監督の腕前だ」と感心することしきりでした。映画を観終った後にネットで調べて、まだ若い女性監督の作品であることを知り驚きました。

小林聡美さんのことは『転校生大林宣彦監督(1982)のころから知っていました。小林聡美さんは十代のころから大変に「上手い」女優さんでした。が、私(喜八)は正直にいって小林さんが嫌いでした。上手すぎて嫌味に感じてしまうのが理由だったと思います。

ところが、2003年に日本テレビ系で放映されたドラマ「すいか」をたまたま観て、小林聡美さんが上手いだけでなく、非常な存在感のある演技者であることを再発見したのです。そして、にわかに小林聡美ファンとなってしまいました。

映画『かもめ食堂』の小林聡美さんは登場する総ての場面で「絵になっています」。ふきんでテーブルを拭く、包丁でトンカツを切る、コーヒーを淹れる、プールで平泳ぎ、合気道の「膝行」をする。それらの総てにおいて美しい。これは大変なことだとつくづく思います。

片桐はいりさんも素晴らしい。日本贔屓のフィンランド青年、トンミ・ヒルトネンから「僕の名前を漢字で書いてください」と頼まれ「豚身昼斗念」と書く。ヨガのポーズ「咲いたばかりの蓮《はす》の花」でのけぞる。サチエから「父とおにぎり」の話を聞いてホロッとする。この人も存在感があって実に上手い女優さんだと思う。

もたいまさこさん。快演にして怪演です。映画に重みと(あえていえば)ホラー味を添加しています。鑑賞後に「もしかしたら、もたいまさこさん演ずるところの《マサコ》は、この世の存在ではないのかもしれない」と思い至りました。なんとも不思議な味わいをかもし出しています。ちなみにもたいまさこさんは荻上直子監督作品の常連メンバーだそうです。

調理・食事・掃除・挨拶・買い物など日常の何でもないような動作に秘められた「美」を的確に切り取って見せた映画。観終った後にとても豊かな気持ちになれる作品でした。そして「もし、明日地球が消滅することになったら、自分は誰といっしょにご飯を食べたいのだろう?」ということを考え込んでしまいました・・・。

『かもめ食堂』


(『かもめ食堂』荻上直子監督、2006)


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『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』

『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』突進するムマキル

映画『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(原題:The Lord of the Rings: The Return of the King)』ピーター・ジャクソン監督(2003)について。

ストーリーJ・R・R・トールキン(John Ronald Reuel Tolkien、1892-1973)原作の長編小説を映画化。空想世界「中つ国(Middle-earth)」の歴史上「第三紀」に勃発した「指輪戦争(The War of the Ring)」の顛末を描いています。

復活した冥王サウロンが大軍勢を組織して、中つ国全土の征服を企む。これを阻止するため主人公のフロドホビット)、アラゴルン(人間)、レゴラスエルフ)、ギムリドワーフ)、ガンダルフイスタリ)たちが立ち上がる。勝敗の命運はフロドが所有する「一つの指輪(One ring)」にかかっていた・・・。

感想》原作の『指輪物語(原題:The Lord of the Rings)』を読んだとき「これは合戦小説だな」という印象を抱きました。とくに後半に入ると華々しい合戦場面の連続です。最初のほうがひどく退屈なので、この長い小説を読むのを放棄してしまう人も少なくないようですが、合戦小説となってからは俄然面白くなるのです。

今回の映画化では、この合戦小説としての要素が強調されています。そして原作の退屈な部分はあっさりと切り捨てられています(たとえば第一巻における中つ国最古の住人トム・ボンバディルの登場場面など)。

ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』の山場は要塞都市ミナス・ティリスの包囲戦と、それに続くペレンノール野の合戦(Battle of the Pelennor Fields)でしょう。が、正直なところ「ちょっとなあ・・・」と思わせられる部分もありました。

戦争に利用される動物たち
サウロンの同盟軍である南方部族ハラドリムHaradrim)が操る巨象ムマキルMûmakil、Oliphaunt とも呼ばれる)、ナズグル(Nazgûl)の首領が乗る怪鳥(Fell-beast)、および多数の馬たちが可哀想でした。彼らは人間が勝手に行なう愚行(戦争)に強制的に参加させられているのですから。

男装で戦闘に参加するローハンの姫君エオウィンがムマキルの足や Fell-beast の首を斬る場面では思わず「動物を虐待するな!」と声がでてしまいました。ムマキルのすねに刺さった無数の矢、という描写も「痛い」ものがあります。

サウロン軍に所属して、破城槌グロンドGrond)や投石器を操作し、また城門が破られた後は尖兵として戦闘に参加するトロール(Troll)の存在も、なんだか哀れです。トロールたちは故郷の山で大食いしたり喧嘩をしたりして平和に(?)暮らしていたいのではないでしょうか。対人間戦争に熱意を持つとは、とても思えないのです。

『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』ファラミアの突撃

白人中心主義
すでに多くの人が指摘されているように『ロード・オブ・ザ・リング』には白人中心主義的な要素があります。これは原作の小説も同様です。

「善」の側に属するホビット・人間・エルフ・ドワーフはすべて白人です。視覚的に描かれる映画では、その事実が残酷なまでに明白となります。白人で金髪、鎧は銀色、乗馬は白毛というのが象徴的な「善」のイメージです。

反して「悪」のサウロン軍は白人以外の人種として描かれています。ムマキル(巨象)を操るハラドリムは黒人であることがはっきりしています(原作に明記)。おそらく北アフリカの黒人回教徒というイメージなのでしょう。

そしてサウロン軍の主力であるオーク(Orc)。映画『ロード・オブ・ザ・キング』に限っていうと、オークはアジア人なのではないかと私は考えています。13世紀ヨーロッパに進入し無敵を誇ったモンゴル兵のイメージが投影されているのではないかと思うのです。

オークたちが身につけている黒い鎧は黒澤明監督作品『』や『影武者』に登場する雑兵を髣髴させます。まるで黒澤映画を観ているのではないかと錯覚するような一瞬もありました。きわめて東洋的なのです。

ちなみに善の側の軍装が銀色中心で、悪の側のそれが黒色中心というのは、ハリウッド映画の「文法」といってもいいでしょう。数多くのファンタジー映画・歴史映画に共通する表現手法です(最近は傾向が変わってきたかもしれませんが)。

そういえば小学生のころテレビ放映で観たジャック・パランスJack Palance)がフン族アッティラ大王を演じた映画『異教徒の旗印(原題:Sign of the Pagan)』ダグラス・サーク監督(1954)でも、アッティラ軍は黒い鎧かぶとで身を固めていました。人間のしゃれこうべを使った馬印などは『ロード・オブ・ザ・リング』のオーク軍のものとそっくりです。小学生の私は自然にアッティラ軍を応援していました。

5世紀にヨーロッパ深く攻め込んだフン族もアジア系の遊牧民族です。『異教徒の旗印』の前半ではアッティラ大王軍が無敵の強さを見せていました。しかし映画の最後には剽悍無比だったはずのアッティラ軍が、軟弱な白人主人公率いるキリスト教軍に大敗し、大王も暗殺されてしまうのです(ただしこれは史実と異なります)。子供心にも納得がいかない展開でした。

『ロード・オブ・ザ・リング』でも「オーク=アジア人」というイメージができてしまうと、「善」の主人公側を応援する気持ちはなくなってしまいます。オークの軍勢がミナス・ティリスを包囲するとき、思わずオークの側を応援してしまっている自分に気づいたりします。モルドール軍副指揮官でオークのゴスモグGothmog)が「The Age of Men is over. The Time of the Orc has come.」と宣言するときも思わず「そうだー!」と合いの手を入れたりして・・・。

映画ではゴンドールの執政デネソールの次男ファラミアが、圧倒的なサウロン軍に対して絶望的な突撃を敢行する直前、ミナス・ティリスの民衆が嘆き悲しむ場面があります。ここに現れる民衆もみごとに白人ばかりなのです。ここで黒人・東洋人・アラブ人など多民族の俳優を登場させれば映画により深みが増したのに・・・。

とはいえ白人のトールキンが書いた原作をもとに白人のジャクソン監督が映画化しているのですから、白人中心であっても仕方ないでしょうね。「人種差別だ」なんて無粋なことは申しません。実際のところ映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作は上質のエンターテインメント作品に仕上がっています。が、東洋人の私には白人の観客とは一味違った楽しみ方があることは指摘しておきたいと思います。


(『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』ピーター・ジャクソン監督、2003)


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『ウォリアーズ』

『ウォリアーズ』

映画『ウォリアーズ(原題:The Warriors)』ウォルター・ヒル監督(1979)について。

ストーリー》米国ニューヨークマンハッタン島北東部のブロンクス公園でストリート・ギャングの大集会が行なわれた。市内最大勢力「リフス」のリーダーであるサイラスが、全ギャングは団結して警察を駆逐しニューヨークの富のすべてを自分たちのものにしよう、と呼びかけたのだ。しかし、集会の只中でサイラスは暗殺されてしまう。犯人と間違えられた「ウォリアーズ」たちは縄張りのコニーアイランド(ブルックリン地区の南端)までニューヨーク市を縦断して帰還しようとする。けれども途中にはウォリアーズたちの命を狙うストリート・ギャングたちが幾重もの罠を張って待ち構えていた・・・。

感想》若い獣のようなギャングたちの逃走と闘争の物語。公開時に映画館で観て印象に残っていた作品です。 最近になってたまたまレンタル店の棚で見つけて懐かしく思い、借り出してきました。こういうパターンによる再鑑賞だと後悔することが多いのですが、今回は「やっぱり面白い!」となりました。

主人公たちや敵対するギャングたちが「走る」場面がとても多いことに気づきました。汗まみれになって長い距離を走り回って、その挙句戦う。しかもウォリアーズは滅茶苦茶ケンカが強い! 「若いなあ」と感嘆しました。最初に観た時は私自身も若かった(21歳?)ので、こういう感想は抱かなかったのです。

チンピラギャング役を演じている俳優たちは、いま見るとなんだか真面目な印象です。映画公開時から若者ファッションの変遷があり、多くの若者がストリート風ファッションを好むようになったため、映画『ウォリアーズ』のギャングたちが「好青年」に見えるようになったのでしょう。

ストーリーはホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に似ています。これは最初に観た時にも思いました。ただし、オデュッセウスは結局すべての部下を失いたったひとりだけで生還したわけですが、ウォリアーズたちは何人かの仲間を失いながらも縄張りのコニーアイランドまで辿りつきました。ラスト近く、サブリーダーのスワンマイケル・ベック)が仲間たちを「ベストだ(The best.)」と称えるところが泣かせます。
Luther: You Warriors are good. Real good.
Swan: The best.

映画『ウォリアーズ』には熱狂的ファンが少なくないらしく、以下のようなファンサイトも存在します。「ウォリアーズ」に関する情報が「これでもか!」とばかりに満載された非常に充実したサイトです。

The Warriors Movie Site


(『ウォリアーズ』ウォルター・ヒル監督、1979)


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『サイレントヒル』

『サイレントヒル』

映画『サイレントヒル(原題:Silent Hill)』クリストフ・ガンズ監督(2006)について。

ストーリー》幼い少女シャロンは夢遊病と悪夢に悩まされていた。悪夢は「サイレントヒル」という土地に関係があるらしい。その名の町が実在することを知った母親のローズラダ・ミッチェル)は夫クリストファーショーン・ビーン)の反対を押し切り、母娘2人でサイレントヒルに車を走らせる。

サイレントヒルは30年前に大火災が発生し多数の死者をだし、廃墟となっていた。いまだに町の地下では石炭が燃え続け、そのため灰が雪のように降り続けている。

町につく直前、ローズとシャロンの親子はオートバイに乗った女性警官シビルローリー・ホールデン)の不審尋問を受ける。子供に対する虐待を疑われたのだ。一刻も早く目的地に辿り着きたいローズは警官を振り切って車を疾走させる。しかし、そのために事故を起こしてしまう。

一時的に気を失ったローズが意識を取り戻したとき、娘シャロンの姿が消えていた。サイレントヒルの町でひたすら一人娘を探すローズ。しかし、ここは異形のモンスターと狂信者たちに支配された悪夢のような空間だった・・・。

感想》世界的大ヒットとなったテレビゲーム「サイレントヒル」の映画化。ゲーム版は一番最初のものを少しだけやったことがあるだけなのですが、ゲームの雰囲気が忠実に再現されていると思いました。なんとも不気味なサイレントヒルの廃墟に自分もいるような気がしてきます。

主人公のローズを演じるラダ・ミッチェルはこれまで別の映画で何度か見た顔です。ヴィン・ディーゼルが無法者の主人公リディックを演じるSF映画『ピッチブラック』(2000)で勇敢な女性パイロット役を熱演していたのが印象に残っています。デンゼル・ワシントン主演の『マイ・ボディガード』(2004)では娘(ダコタ・ファニング)を誘拐された女性役。そのため『サイレントヒル』のローズと印象が重なります。一所懸命な女性を演じることが多い女優さんかもしれません。

娘のシャロンを探すローズの服装は上の写真でも見られるように灰色系です。ところがストーリーが進むうちに徐々に赤みが増していって、最後には真っ赤な血の色となります。そのために約100着の衣装がつくられ、シーンごとに着替えていったそうです。

サイレントヒル』には「Grey Child」「Armless Man」「Dark Nurses」といった恐ろしげなモンスターたちが登場するのですが、一番怖いのは人間の「狂信」「偽善」「酷薄」であったというお話です。ストーリーの細かい部分は観客の想像にまかせるようにつくられています。そのため多くのユーザにより様々な説が立てられています。

 映画についての考察まとめ(ネタバレ注意!)

個人的な感想は「けっこう面白いホラー映画」。賛否両論のあるエンディングにも心を動かされました。



(『サイレントヒル』クリストフ・ガンズ監督、2006)


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『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世紀』

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世紀』

映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世記(原題:Night of the Living Dead)』トム・サヴィーニ監督(1990)について。

ストーリー》1989年08月22日。米国ペンシルバニアの農村地帯。亡き母親の墓参りに兄ジョニーと訪れたバーバラパトリシア・トールマン)。ところが兄妹2人は墓地で謎の男に襲われ、襲撃者と格闘のすえ墓石に頭を打ちつけたジョニーは絶命してしまう。なおも襲い掛かってくる男。バーバラは近隣には他に家もない農家に逃げ込む。ほっとしたのも束の間、その家には「歩く死者」がいてバーバラに襲い掛かってきた。

いっぽう黒人青年ベントニー・トッド)は、歩く死者(ゾンビ)の群れと自動小銃を乱射する生者の地獄図絵を逃れて、トラックで脱出を図った。しかし、農家の前でガソリンが尽きてしまった。走れる車を探していたベンはバーバラと巡り会う。2人はお互いに助け合って窮地を逃れようとする。

そしてバーバラとベンが逃げ込んだ農家の地下室には別の5人の男女が逃げ込んでいた。農家の主「リージおじさん」の甥トム、その恋人ジョディーヘレンハリーのクーパー夫妻とその娘サラ。ベンとハリーは最初から気が合わず、いがみ合うばかりだ。しかし、その間も死者の群れが農家の周辺に集まっていた。ゾンビの目的はただひとつ。生きている人間の肉を喰らうことのみ・・・。

感想》ゾンビ映画の金字塔『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(原題:The Night of Living Dead)』ジョージ・A・ロメロ監督(1968)のリメイク。1990年版の監督は『ゾンビ(原題:Dawn of the Dead)』で特殊効果を担当したトム・サヴィーニです。オリジナルに勝るとも劣らない出来栄えのゾンビ・ホラーに仕上がっています。

ロメロ作品におおむね忠実なリメイクですが、大きく異なっているのはヒロインであるバーバラの造形です。1968年版では、ただただ恐れおののくばかりだったバーバラが、1990年版では「戦う女」へと変貌を遂げています。エイリアン・シリーズのリプリーに相通ずるものがあるような気がしました。

ゾンビの侵入を防ぐため、ベンやバーバラはドアや窓に板を打ちつけて強化を図ります。この光景はどこか懐かしいものを感じさせました。子供のころ、弟と2人でした「バリケード遊び」を思い出させるのです。怪物たちの襲来を想像して、学習机、椅子、ダンボール箱などを利用して「砦」をつくる。おとなになってからは、すっかり忘れていた子供のころの遊びです。

ところで、この映画を何度か観ているうちに気づいたことがあります。主人公たち7人の男女が立てこもった農家はトイレが家の外に別棟となっているのです(日本でも昔の農家はたいていそうでした)。ところが、ゾンビの群れに襲われた主人公たちは家の外には出られないのですから、一昼夜に近い篭城のあいだトイレはどうしたのでしょうか?

なんて思わず詰まらない「つっこみ」をしてしまいましたが、ロメロ・オリジナルとサヴィーニ・リメイクの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』がともにゾンビ映画として「傑作」であるのは間違いありません。本当に恐ろしいのは死者よりも生者であること。愛情と愚かしさを併せ持った人間のほうがゾンビよりも恐ろしい、というゾンビ・ホラーの勘所を外していません。

新旧の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はどちらも低予算でつくられた映画のせいか、ストーリーが登場人物の会話形式で語られることが多いようです。たとえばベンのレストランでの体験などは映像で観せてほしいものだと思います。とはいえホラー映画の傑作は低予算作品に多いというのもまた事実なのです。


(『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世記(原題:Night of the Living Dead)』トム・サヴィーニ監督、1990)

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『ロング・ウォーク・ホーム』

『ロング・ウォーク・ホーム』映画『ロング・ウォーク・ホーム(原題:The Long Walk Home)』リチャード・ピアース監督(1990)について。

ストーリー》アメリカ合州国アラバマモンゴメリー市で、1955年から1956年にかけて黒人市民により行なわれた「バスボイコット運動」を背景としています。

モンゴメリーは南北戦争(1861-1865)時は南部連合結成の地および首都であった歴史をもつ極めて保守的な街で、当時は約7万人の白人市民と約5万人の黒人市民が住んでいました。

深南部(ディープサウス)と呼ばれるアラバマ州・ミシシッピー州・ルイジアナ州・サウスカロライナ州・ジョージア州・フロリダ州などでは奴隷制廃止後も人種差別が根強く残りました。黒人男性が白人女性に声をかけただけで(ときには「見た」だけでも)残虐な拷問を受けて殺されるなどは珍しくなかったのです。そしてリンチに荷担した白人が裁判で有罪になることなど皆無でした。

バスボイコットは1955年12月1日黒人女性ローザ・パークス(当時42歳)がモンゴメリー市営バスの車中で逮捕されたことを発端としています。逮捕の理由は「白人乗客に席を譲らなかったから」。当時のモンゴメリー(および南部の諸都市)では黒人はバスの後ろのドアから乗車しなければならず、座る位置も後部座席に限られ、さらにバスが混んできたら白人客に席を譲らなければならないと法律で定められていました。

ローザ・パークスは1日中お針子として働いて疲れきっていただけでなく、それまで黒人として受けなければならなかった数々の侮辱にはもう耐えられないと思い「(白人男性に)席を譲れ」というバスドライバーの命令を断固として拒否し、逮捕されました。

この逮捕に憤慨した黒人市民が381日間にわたって、ある者は自家用車に乗り合わせ、ある者は歩いて職場や学校に通い続けたのがバスボイコット運動です。このモンゴメリーの事件はいまでは黒人市民による公民権運動(Civil Rights Movement)の輝かしい勝利のひとつと評価されています。

ロング・ウォーク・ホーム』の主人公のひとりオデッサ・コッターウーピー・ゴールドバーグ)は黒人メイドです。家族は夫と3人の子供(長女・長男・次男)。慎ましいながらも平穏に暮らしています。

もうひとりの主人公ミリアム・トンプソンシシー・スペイセク)はオデッサの雇い主の白人女性。夫とふたりの娘がいます。典型的な白人中産階級の一家です。

バスボイコット運動に協力するためオデッサは勤務先であるトンプソン家まで歩いて通わなければならなくなりました。自宅からトンプソン家まではかなりの距離があります。オデッサは足に血豆をつくりながら、ときには冬の冷たい雨の中を歩いて通いつづけます。「子供たちのために」とつぶやきながら。

そんなオデッサに同情したミリアムは自家用車でメイドを送り迎えするようになります。そしてさらに複数の黒人女性を送迎する「カー・プール」運動にもかかわっていきます。典型的な中流家庭婦人だったミリアムもバスボイコット運動によって変わっていったのです。しかし、その行動が白人至上主義者の義弟を始めとする白人社会との軋轢を生んでゆくことに・・・。

感想シシー・スペイセクウーピー・ゴールドバーグという2大女優の激突が見ものです。これだけ存在感のある演技者の競演はそれほど多くはないでしょう。とはいえ2人とも大仰な演技を披露するわけではありません。とくにウーピーは感情表現を抑えた静かな演技に徹っすることで深い怒りを体現しています(おそらく本物の怒りを)。

劇中のミリアムのようにメイドをクルマで送迎した白人主婦は実際に少なからず存在したようです。彼女たちの多くは政治的な意図を持って公民権運動を支持したわけではないのでしょう。人種や立場を超えた思いやりや友情から行動せずにはいられなかったのでしょう。あるいは単に「メイドなし」の不便を我慢したくなかったのかもしれません。

けれども当時白人が黒人に協力するというのは大変に危険な行動であったことは間違いありません。公民権運動は黒人の側に多大の犠牲者をだしましたが、少なからぬ白人協力者たちも差別主義者の白人によって危害を加えられ、ときには殺害されているのです。

ところで『ロング・ウォーク・ホーム』には黒人メイドのオデッサと白人主婦のミリアムというふたりの主人公のほかに「第3の主人公」が存在します。画面には姿を現さず声だけの出演ですが。

それがマーチン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr. 1929-1968)です。キングはバプテスト教会の牧師でアメリカ合州国における黒人公民権運動を代表する人物です。1964年にはノーベル平和賞を受賞しています。

ロング・ウォーク・ホーム』の中ではキング牧師の実際のスピーチの録音が2度流されます。

最初はボイコットの初日(1955-12-05)に疲れきって帰宅したオデッサと家族がホールト・ストリート教会で牧師のスピーチを聞く場面。演説している牧師の姿は映されませんが、これがキング牧師です。当時まだ26歳の若さの無名の人物でした。キング自身が「わが生涯で最も決定的な演説」と述べているように、この夜がその後のキングの輝かしく辛苦に満ちた経歴の始まりでした。
And we are not wrong; we are not wrong in what we are doing. If we are wrong, the Supreme Court of this nation is wrong. If we are wrong, the Constitution of the United States is wrong. If we are wrong, God Almighty is wrong. If we are wrong, Jesus of Nazareth was merely a utopian dreamer that never came down to Earth.

われわれは間違っていません。われわれがやっていることは間違ってはいないのです。もしわれわれが間違っているとしたら、この国の最高裁判所が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、合州国の憲法が間違ってることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、全能なる神が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、ナザレのイエスは単なる空想家ということになって、地上には来られなかったことになるのです。
(翻訳文は『マーティン・ルーサー・キング自伝』クレイボーン・カーソン編、梶原寿訳、日本基督教団出版局、2001より)

2番目の声だけの出演は映画の終わりエンドクレジットで流される演説録音です。こちらは1965年3月25日、アラバマ州セルマからモンゴメリーまで2万人が歩いた「セルマ行進」の直後に行われたものです。この演説の数時間後、若い黒人運動家たちを車で送っていた白人女性がクー・クラックス・クラン(狂信的な白人至上主義者団体)のメンバーによって射殺されています。

映画の中で描かれているキング宅爆破も実際にあった事件です(1956年01月30日)。キングに対する殺人の脅迫は生涯に渡って幾度となく繰り返されました。銃器があふれるアメリカ合州国で「殺してやる」という脅迫を受けるのは想像を絶する恐怖をともなうに違いありません。

実際にアメリカの黒人解放運動指導者で暗殺やリンチによって命を奪われた者は非常に多いのです。キング牧師も公民権運動にかかわってからはずっと死を覚悟していたといわれます。何度か命を狙われた後、1968年にテネシー州メンフィスのモーテルで白人暗殺者の手によってたおれました。



(『ロング・ウォーク・ホーム』リチャード・ピアース監督、1990)


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