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『夜の記憶』

『夜の記憶』トマス・H・クックロシア語同時通訳者であり作家であった米原万里さん(1950-2006)の書評集『打ちのめされるようなすごい本』文藝春秋(2006)で激賞されていたのが、本書『夜の記憶』です。

米国のミステリ作家トマス・H・クックによる『夜の記憶』は、たしかに「打ちのめされるようなすごい」小説でした。そして、米原万里さんが保証されているように、非常に怖い本でもあります。恐怖への耐性が弱い方(怖がりの方)にはお勧めできかねる「暗黒ミステリ」とも言えるでしょう。

主人公は45歳の独身男性ポール・グレーヴズ。彼の職業は「ミステリ作家」です。彼がこれまで書いてきた15編の長編小説には常に同じ者たちが登場します。残虐きわまる犯罪常習者「ケスラー」。その手先の「サイクス」。そして彼らを追う警官「スロヴァック」。

ケスラーは被害者を嬲《なぶ》り殺しにすることに至上の喜びを感じるような本物の人殺しですが、自分の手を汚すようなことはしません。彼の部下(奴隷)である、臆病な小男サイクスに命じて拷問・虐殺を行なわせるのです。

スロヴァック刑事は正義感に燃える優秀な警察官ですが、ケスラー・サイクスとの闘いにおいては敗北につぐ敗北を重ねています。悪と善の戦いは20年以上にわたって続けられ、このごろではスロヴァックは疲れきり意気消沈し、おのれの敗北を強く予感しています。

これらの陰鬱な物語を書きつづけるポール・グレーヴズもまた凄惨きわまる体験の持ち主でした。彼がまだ13歳の少年だったころ、16歳の姉グウェンが長時間にわたる暴行・拷問を受け殺害されたのです。しかも犯罪はポールの目の前で行なわれました。ポールにはいつか自分は自殺するだろうという確信があります。

そんなポールの元に一風変わった依頼が寄せられます。半世紀前に16歳で変死した少女フェイ、その死の真相を推理し「物語」にするという依頼です。依頼主は裕福な老婦人アリソン・デイヴィス。かつてアリソンと死んだ少女フェイは「主従」関係を超えて親しい友人同士でした。フェイの母親の心に平和をもたらすため、というのが依頼主アリソンの言い分でした。

ポール・グレーヴズは老婦人アリソンの所有するロッジに泊り込み、調査・執筆を開始します。そして、同時期にアリソンの客となっていた女性脚本家エレナー・スターンと知り合い、親しみを増していきます。ポールは2つの「死」の真相の解明を進めていきます。50年前の少女の死と姉の死と・・・。

物語終盤ではそれぞれの「死」に関して驚愕の事実が明らかにされます。とはいえ、私(喜八)は途中で片方の「真相」に気づきました(もう、一方は分かりませんでした)。ただし、予測がついたからと言って恐怖の量は低減しませんでした。やはりこれは「打ちのめされるようなすごい」恐ろしい小説です。

自身が創り上げた登場人物「ポール・グレーヴズ」と同様、トマス・H・クックも凄惨な死にまつわる物語を書きつづけている作家です。クックの小説のほぼ総てが「打ちのめされるような」暗黒ミステリなのです。読者の誰しもが「おそらく・・・」と思っているでしょう。

そのクックの暗さに惹かれて翻訳されている作品の半分以上を読んでみました。その中では『死の記憶』にもっとも感銘を受けました。平和に穏やかに暮らしていた男が、ある日、妻と2人の子供(長女と長男)を射殺して(?)行方不明になる。ただ1人生き残った「次男」が悲劇の真相を探るというというストーリーです。この小説にも驚愕のラストが待ち構えています。

一時はクックの暗黒ミステリを憑かれたように読み耽った私ですが、いまはそれほどでもありません。それこそ「憑きが落ちた」ように「クックの暗黒世界」から離れました。理由は自分でもよく分かりません・・・。


(『夜の記憶』トマス・H・クック、文春文庫、2000)


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