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『ロング・ウォーク・ホーム』

『ロング・ウォーク・ホーム』映画『ロング・ウォーク・ホーム(原題:The Long Walk Home)』リチャード・ピアース監督(1990)について。

ストーリー》アメリカ合州国アラバマモンゴメリー市で、1955年から1956年にかけて黒人市民により行なわれた「バスボイコット運動」を背景としています。

モンゴメリーは南北戦争(1861-1865)時は南部連合結成の地および首都であった歴史をもつ極めて保守的な街で、当時は約7万人の白人市民と約5万人の黒人市民が住んでいました。

深南部(ディープサウス)と呼ばれるアラバマ州・ミシシッピー州・ルイジアナ州・サウスカロライナ州・ジョージア州・フロリダ州などでは奴隷制廃止後も人種差別が根強く残りました。黒人男性が白人女性に声をかけただけで(ときには「見た」だけでも)残虐な拷問を受けて殺されるなどは珍しくなかったのです。そしてリンチに荷担した白人が裁判で有罪になることなど皆無でした。

バスボイコットは1955年12月1日黒人女性ローザ・パークス(当時42歳)がモンゴメリー市営バスの車中で逮捕されたことを発端としています。逮捕の理由は「白人乗客に席を譲らなかったから」。当時のモンゴメリー(および南部の諸都市)では黒人はバスの後ろのドアから乗車しなければならず、座る位置も後部座席に限られ、さらにバスが混んできたら白人客に席を譲らなければならないと法律で定められていました。

ローザ・パークスは1日中お針子として働いて疲れきっていただけでなく、それまで黒人として受けなければならなかった数々の侮辱にはもう耐えられないと思い「(白人男性に)席を譲れ」というバスドライバーの命令を断固として拒否し、逮捕されました。

この逮捕に憤慨した黒人市民が381日間にわたって、ある者は自家用車に乗り合わせ、ある者は歩いて職場や学校に通い続けたのがバスボイコット運動です。このモンゴメリーの事件はいまでは黒人市民による公民権運動(Civil Rights Movement)の輝かしい勝利のひとつと評価されています。

ロング・ウォーク・ホーム』の主人公のひとりオデッサ・コッターウーピー・ゴールドバーグ)は黒人メイドです。家族は夫と3人の子供(長女・長男・次男)。慎ましいながらも平穏に暮らしています。

もうひとりの主人公ミリアム・トンプソンシシー・スペイセク)はオデッサの雇い主の白人女性。夫とふたりの娘がいます。典型的な白人中産階級の一家です。

バスボイコット運動に協力するためオデッサは勤務先であるトンプソン家まで歩いて通わなければならなくなりました。自宅からトンプソン家まではかなりの距離があります。オデッサは足に血豆をつくりながら、ときには冬の冷たい雨の中を歩いて通いつづけます。「子供たちのために」とつぶやきながら。

そんなオデッサに同情したミリアムは自家用車でメイドを送り迎えするようになります。そしてさらに複数の黒人女性を送迎する「カー・プール」運動にもかかわっていきます。典型的な中流家庭婦人だったミリアムもバスボイコット運動によって変わっていったのです。しかし、その行動が白人至上主義者の義弟を始めとする白人社会との軋轢を生んでゆくことに・・・。

感想シシー・スペイセクウーピー・ゴールドバーグという2大女優の激突が見ものです。これだけ存在感のある演技者の競演はそれほど多くはないでしょう。とはいえ2人とも大仰な演技を披露するわけではありません。とくにウーピーは感情表現を抑えた静かな演技に徹っすることで深い怒りを体現しています(おそらく本物の怒りを)。

劇中のミリアムのようにメイドをクルマで送迎した白人主婦は実際に少なからず存在したようです。彼女たちの多くは政治的な意図を持って公民権運動を支持したわけではないのでしょう。人種や立場を超えた思いやりや友情から行動せずにはいられなかったのでしょう。あるいは単に「メイドなし」の不便を我慢したくなかったのかもしれません。

けれども当時白人が黒人に協力するというのは大変に危険な行動であったことは間違いありません。公民権運動は黒人の側に多大の犠牲者をだしましたが、少なからぬ白人協力者たちも差別主義者の白人によって危害を加えられ、ときには殺害されているのです。

ところで『ロング・ウォーク・ホーム』には黒人メイドのオデッサと白人主婦のミリアムというふたりの主人公のほかに「第3の主人公」が存在します。画面には姿を現さず声だけの出演ですが。

それがマーチン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr. 1929-1968)です。キングはバプテスト教会の牧師でアメリカ合州国における黒人公民権運動を代表する人物です。1964年にはノーベル平和賞を受賞しています。

ロング・ウォーク・ホーム』の中ではキング牧師の実際のスピーチの録音が2度流されます。

最初はボイコットの初日(1955-12-05)に疲れきって帰宅したオデッサと家族がホールト・ストリート教会で牧師のスピーチを聞く場面。演説している牧師の姿は映されませんが、これがキング牧師です。当時まだ26歳の若さの無名の人物でした。キング自身が「わが生涯で最も決定的な演説」と述べているように、この夜がその後のキングの輝かしく辛苦に満ちた経歴の始まりでした。
And we are not wrong; we are not wrong in what we are doing. If we are wrong, the Supreme Court of this nation is wrong. If we are wrong, the Constitution of the United States is wrong. If we are wrong, God Almighty is wrong. If we are wrong, Jesus of Nazareth was merely a utopian dreamer that never came down to Earth.

われわれは間違っていません。われわれがやっていることは間違ってはいないのです。もしわれわれが間違っているとしたら、この国の最高裁判所が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、合州国の憲法が間違ってることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、全能なる神が間違っていることになるのです。もしわれわれが間違っているとしたら、ナザレのイエスは単なる空想家ということになって、地上には来られなかったことになるのです。
(翻訳文は『マーティン・ルーサー・キング自伝』クレイボーン・カーソン編、梶原寿訳、日本基督教団出版局、2001より)

2番目の声だけの出演は映画の終わりエンドクレジットで流される演説録音です。こちらは1965年3月25日、アラバマ州セルマからモンゴメリーまで2万人が歩いた「セルマ行進」の直後に行われたものです。この演説の数時間後、若い黒人運動家たちを車で送っていた白人女性がクー・クラックス・クラン(狂信的な白人至上主義者団体)のメンバーによって射殺されています。

映画の中で描かれているキング宅爆破も実際にあった事件です(1956年01月30日)。キングに対する殺人の脅迫は生涯に渡って幾度となく繰り返されました。銃器があふれるアメリカ合州国で「殺してやる」という脅迫を受けるのは想像を絶する恐怖をともなうに違いありません。

実際にアメリカの黒人解放運動指導者で暗殺やリンチによって命を奪われた者は非常に多いのです。キング牧師も公民権運動にかかわってからはずっと死を覚悟していたといわれます。何度か命を狙われた後、1968年にテネシー州メンフィスのモーテルで白人暗殺者の手によってたおれました。



(『ロング・ウォーク・ホーム』リチャード・ピアース監督、1990)


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